私がこれまでに経験したことを書くブログ

私がこれまでに経験したこと感じたことを書くブログです。

卒母と今後のこと

今年の6月頃から急激に悪化した体調。

 

それまでは「子宮全部と卵巣をほとんど取っちゃったのに手術を忘れちゃう位だし、ホルモン治療も大丈夫~~」なんて楽勝ムードだったのに、暑くなると同時にドッと体調が悪くなりました。

 

そして今も微熱&だるさで絶不調です。

心当たりはあります。

もれなく「ストレス」です。

 

表面的なストレスは

・母が半年以上前から腕が痛くて家事が出来ず、私一人でやっている

・母が一か月前に手術をし、今も痛みがあるのと利き手が使えないため、色々と介助が必要

・息子、見張ってないと勉強しない

・息子の受験が近い

デイトレしてて、消耗した

・息子の受験が近づくにあたって、これからゴリゴリ出ていくであろう教育費を目の当たりにしてからの将来への不安

位ですかね。

 

でもね、こんなこと誰でもやってることなんですよ。今のママたちはこれに+「労働」がある人もたくさんいて。

それすら出来ないってなんなんだろうな、って色々と考え、書物を読み、母に聞いてみたりもしました。

 

結果、私がしたいことって「自立」なんですよ。

お金を稼ぐことはもちろんなんですけど、心の奥底で「自立したい」という気持ちや「自分の人生、まずは自分だけで舵を取りたい」という願望がずっとあったんだと思います。

私の自立とはあくまで「経済的、精神的な自立」のことです。専業主婦の方や事情があって経済的に家族や公的援助に頼ることを「自立してない」なんてこれっぽちも思っていません。あくまで私の場合、の話なので悪しからず。

 

で、「自立すれば良かったのに」って自分でも思いました。

でも出来ずに、結婚して子供を産みました。子供が虚弱体質だったので保育園に通えず、仕事をやめました。その後私も病んで、10年以上になります。

「なんで自立したかったのに、結婚なんてしたのか」

その答えは「自分が病弱だったから」。

 

物心ついた時には喘息がありました。発症は2歳だったそうです。毎晩救急病院へ行き、入院もし、しょっちゅう大学病院で一日中点滴。風邪をひけば1週間。下手すりゃ入院。

病院の点滴室の硬いベッドで一日中点滴をしていたのはよく覚えています。

母はそんな私を見て「この子は結婚も子供も無理かもしれない。だったらせめて教育を」と思って、私にたくさんの習い事や教育をしてくれました。

ただ、せっかく教育をしてくれても土台である「健康」が無いと何の意味も無かったんですよ。

本当は学生時代に留学もしたかったです。でもいつまた喘息の発作が起きるか、風邪で寝込んで10日位起き上がることも出来なくなるか、それを考えたら実行には移せませんでした。今となっては最初から副腎がうまいこといっていなかった可能性も高いです。

20代そこそこの未熟だった私は無意識下で「この体じゃ、一人でやっていくのは無理だ」と思ったんでしょうね。あっさりと結婚をしました。

でも本当は結婚したくなかった。自分の人生、自分の好きなように生きたかったんでしょうね。

結婚をして、当たり前に子供を産んだ(その時はそこまで喘息もひどくなかった)んです。未熟ですね。

「心から本当にしたいこと」では無かったので、結婚も子育ても楽しむことは出来ませんでした。私にとっては「業務」でした。

ブラック企業あるあるのようですが、私にとって子育ても家庭も「業務」なので、365日24時間ノンストップで仕事をしているという感覚だったんだと思います。

そりゃ、体も心も病みますよね。

 

そんな感じで15年が経ってしまいましたが、子供が義務教育を終えるにあたり、私も「物理的な面からの卒母」をしようと思っています。

私の言うところの「物理的な面」というのは

「宿題やったの?見せて!」から始まり、プリントのチェック、日々の勉強のメニュー、進み具合のチェック、テスト対策などなど、息子の学校生活の全てと「薬飲んだ?」から「この時期、半袖はやめなさい」などなど日常生活のことです。

「中3にもなって過保護な!」と思われるかもしれませんが、これでも少しだけマシになった方です。

「とりあえず中学までは勉強も親の責任」と思っているので、何とか高校には入れたいと思い、只今奮闘しています。

一応、これまで「勉強の仕方」を教えたつもりなので、それをどう自分なりに活かすか殺すかは彼次第です。彼の人生なので。私はあくまでアシスト。そのアシストを外れようと思っている次第です。

高校になったら「お弁当作り」や「学費のこと」はもちろんするつもりですが、これまでみたいに「忘れ物ないの?」など、本来だったら小学生で卒業しているであろうことはやめます。勉強も多分高校生になったら教えられないだろうし。

 

そこで、私は「自分の人生」を改めて生き直そうと思っていたのです。

お金の面でも色々と不安だし「とにかく働きに行きたい」と自分を急かしていました。

でも体調がうまくコントロール出来ない。それでまたイライラ。そこから体調不良。の負の無限ループ。

 

今の状態の私を見て、母にズバッと言われました。

「今の状態では仕事は無理!今は貯金でご飯が食べられているんだから、一度『諦め』なさい!そしたら、きっと吹っ切れて何かがまた動き出すから。あんたは吹っ切れが足りない」と。

 

ハッとしました。

以前、「諦めることを明らめる」という言葉を聞いたことがありますが、まさにそれ。

いつまでも出来ないことに執着しているからいけないんだ。今の私に会社に勤めることは出来ないんだ。日常生活も出来てないやつがどうやって仕事に行くんだ。焦ってもしょうがないじゃないか。出来ることは出来るし、出来ないことは出来ない。

そうか、まずは「受け入れる」のか。

そう思ったら少し楽になりました。

 

母にも言われましたが、私は今まで勝手に自分を縛り付けてずっとやりたくないことをしてきた人生です。

根本は「病気からの不安」なんですが、「自分のやりたくないことでも我慢してやれば、きっといいことがある。私は病気があるから、いつどうなるか分からない。先回りしてやっておかないと」と常に思って生きてきました。

でもいいことはなく、体を壊しました。

 

「仕事のことはひとまず置いといて、自分の好きなことをしてみよう」と思ったんです。

正直、自分の感情に蓋をして生きてきたので、今自分がしたいことは分かりません。

今はお金のことも「お金ならある!ご飯は食べられる!」と思うことにして、お金の心配も辞めます。

「自分が好きなこと、得意なことを考える。会社組織に属するのではない方法で」。

 

今は随分と働き方も変わり、必ずしも会社組織に属なさくても働く方法はあります。

そこを模索してみようと思っています。

 

余談ですが、私はどの占いをみても、占い師さんにも言われることがあります。

「クリエイティブなことをするといい。自分の感情を発信するようなことがいい。会社組織ではなく、フリーランスが良い」と。

うちの両親はガチガチの会社員で、私も「大人はそういうものだ」という固定概念ガチガチに育ちました。

フリーランスなんて、私のようなものが・・・・」とずっと思っていました。しかもクリエイティブなんて無理に決まっているじゃないか!

ただ、不思議とこれまで「会社勤め」は続きませんでした。人間関係が嫌で辞めたことはほとんどないのですが、自然と病気になるんです。

前回のパートも「ここはしばらくお世話になりそうだな」と思っていたら、いきなり卵巣嚢腫で手術→退職。みたいな。

別に「働きたくない!」と思っているのではなく、むしろ「働きたかった」と思っても退職になることが多いんですよね。

今回、色々と考えて

「うーん。これはもしかすると『会社勤めじゃなくて、フリーランスで何かした方が向いているよ』っていう軌道修正警告なのかな」とちょっと思っています。

 

まあ、当面は息子の受験と母の介助、家の家事が続くでしょうから、それが終わったらまた何か動きがあるのかしらと思います。

 

それまでは出来る限りストレスを溜めないように「自分の好きなこと、楽しいことを考えて過ごす」ようにしてみます。それで日常が変わってきたら、私の新しい人生も始まるんじゃないか?

 

長くなりましたが、近況はこんな感じでした。